30年不動産業界にいた私が、会社を売却して考えたこと

このコラムだけは、解説記事ではなく私自身の話をさせてください。CAREER BASE で経営・事業売却の相談を担当している山田です。会社を創業し、育て、売却するまでの話と、手放してから見えたものの話です。
私のキャリアは、華やかなものではありません。兵庫県の出身で、高校を出て最初に就いたのは製造業の仕事でした。「自分の力で勝負できる場所」を探して不動産業界に移り、新築マンションの販売、売買仲介、買取再販と、約30年、現場の最前線を歩いてきました。
- 創業は「業界への違和感」から始まった
- 会社を売るという決断
- 手放してから見えたもの
- 福岡で、次の一歩を考える人へ
創業は「業界への違和感」から始まった
現場にいた30年間、お客様から何度も同じ質問を受けました。「うちの家、だいたいいくらくらいするの?」。この素朴な問いに、業界は正面から答えてきませんでした。相場の情報は不動産会社の中に閉じ込められていて、売主は業者の言い値を信じるしかない。その構造がずっと引っかかっていました。
2011年、その違和感を事業にする形で、マンションの価格情報を公開するサービスを立ち上げました。起業の動機というのは、立派な事業計画から生まれるとは限りません。長く現場にいた人間だけが知っている「おかしさ」は、それ自体が事業の種になります。いま会社員をしながら業界の矛盾にもやもやしている人がいたら、その感覚は捨てずに持っていてほしいと思います。
会社を売るという決断
事業は成長し、2023年、私は会社を売却(バイアウト)しました。
「会社を売る」と聞くと、逃げや行き詰まりを連想する人がまだ多いと思います。実際に経験した立場から言うと、売却の検討はむしろ、会社が健全なときにしかできない前向きな作業でした。私の場合、決め手は「この事業を次の段階に進めるのは、創業者の自分ではないかもしれない」という認識でした。創業当初から会社を支えてくれた仲間に経営を託し、事業と雇用を残す形で会社を手放しました。
会社を売る検討は、追い込まれてからでは遅い。健全なうちに「出口の選択肢」を知っておくことが、経営者の自由をつくる。
M&Aや事業承継には、従業員の雇用を守り、顧客へのサービスを続けるための現実的な手段という側面があります。「最後まで自分でやる」以外の選択肢を知っているかどうかで、経営の後半戦の打ち手は大きく変わります(事業承継という選択肢でも詳しく書いています)。
手放してから見えたもの
売却を終えて分かったのは、自分が思っていた以上に「会社と自分」が一体化していたことです。肩書きが外れた朝、自分に何が残るのかを考えることになります。私の場合、残ったのは「不動産の価格を透明にしたい」という創業時の問いでした。だからいまも、別の形で同じテーマの事業を続けています。
売却は終わりではなく、問いだけが残る経験でした。そして問いが残るなら、仕事は何度でも作り直せます。キャリアの本質は、所属や肩書きではなく、自分が何の問いを抱えているかにあるのだと、遠回りして理解しました。
福岡で、次の一歩を考える人へ
いま私は、福岡の会社の社外取締役を務めながら、この CAREER BASE で経営・事業売却の相談を担当しています。起業した後の10年をどう歩くか。会社を売る・畳む・継がせるという出口をどう設計するか。この領域は、経験者が身近にいないと相談先すら見つからないテーマです。
創業から売却まで、うまくいったことも、しくじったことも、ひと通り経験しました。同じ道の途中にいる方の話を、経験した立場から聞けると思います。決断の前の、もやもやした段階からで構いません。

「起業した後の10年の歩き方。会社を売る決断も、経験した立場から話せます。」
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